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選択的注意│重要だと思うものに意識がフォーカスする

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人間はいつも何かに注目して生きている。
そして注目しているものに重点を置いて、常に情報を収集している。

それは五感を通して常時入ってくる大量の情報は処理しきれないこと、

脳が限られたエネルギーでこれに対応しなければならないという制約によるものだ。

つまり、何かに注目して情報を集める欲求と言うより、そうせざるを得ないという背景がある。

 

こうして興味や関心のある事柄に関する有力情報を選別している。

その結果、目の前の課題解決に対する効率を上げることに成功している。

もし、常時すべての情報を処理していれば、いつまでたっても課題解決には至らないだろう。

注意力散漫になってしまうからだ。

一方、特定の情報に集中しすぎるとそこにはリスクも発生してしまう。

この集中と同時に発生するリスクの両方の性質とどう付き合っていけばいいのだろうか。

 

フォーカスの原理

このように、メディアからの情報に限らず、五感を通して常時入ってくる情報は膨大であるが、

特に意識せずとも、どのような情報が自分にとって重要であるかを無意識のうちに決めている。

例えば、特定のスポーツに興味があれば、特に意識していなくても、それに関する情報が目に留まるようになっている。

新聞やテレビに限らず、会話などでも関心の対象だけでなく、それを連想させるキーワードすべてに反応するようにできている。

また、身近な人から体調を崩したという話を聞けば、その瞬間から自分にも身体面に不調がないかを探る。

今現在不調がなくても、昨日やその前日の記憶も探ろうとする。

 

このように興味や関心を持った瞬間から、対象に関する情報を集め始める機能がある。

しかも、興味や関心の対象は、状況に応じて興味や関心の範囲を自在に切り替えている。

出社すればフォーカスする対象は、業務に関するものであるし、帰宅すればフォーカスの対象はそれ以外に切り替えるだろう。

日々の活動は、状況の変化に合わせて、情報の選択と集中を行っているのだ。

 

フォーカスの効果

情報を絞ることで、課題に集中し理解を深めたり、解決の手段を効率的に収集し、効率的な社会生活を送ることができる

この効果を理解できている人は、「(情報が)あっちから寄ってくる。」と口をそろえる。
彼らには特別な情報網があるわけではなく、むしろ情報源はありふれた雑誌や新聞ネットニュースなのだが、見落とさないだけなのだ

 

・見たいものだけ見るという現象

人は、無意識に好きなものの情報を集めており、見つけ、その情報を蓄積している。

無関心なものに関しては、視界に入ってはいても注目することはない。

見ても見えない、聞いても聞こえないということになる。つまり頭に残らない。

「好きの反対は、嫌いではなく無関心である。」と言われるが、その通りなのだ。

 

そして、その人の発言や行動は、こうしてストックされた情報をもとに行われる。

興味や関心のない相手に、どんなにその素晴らしさを説明しても理解してもらえなかったり、

どんなに熱意をもって新しい企画の重要性を上司に説明しても無下に扱われるのは、

両者の間の興味や関心、注目するものの重要度の認識にズレがあるからである。

 

・嫌いなものにもフォーカスする

対象の好き・嫌いに関係なく、フォーカスするとそれに関する情報を集めようとする。

対象が好きなものであれば、その良い部分に注目し、寛容になる。

対象が嫌いなものであれば、その悪い部分に注目し、排他的になる。

もちろん、ある対象に関して好きな人と、嫌いな人が議論した場合、両者が理解しあえる日は来ない。

例えば、政治や経済、宗教に関する議論を見ればわかるが、議題への注目の仕方が両者において異なるため、両者の意見の押し付け合いによって、決着することはない。

 

・情報を補完する

課題や悩みの解決には情報を集める必要があるが、解決に必要なすべての情報がそろうわけではない。

そうした場合は、情報の空欄を埋めるために解釈という手法を使う。

つまり、すべてを矛盾なく説明できるようなストーリーを組み立て、それに基づいた推測によって空欄を埋めるのだ。

こうして、最も説得力のあるストーリーの構築が、スピーディな課題解決に貢献する。

しかし、その推論は自分の思い込みや希望的観測を完全に排除し、公正・公平なものでなければ、

都合の良い解釈や論理の捻じ曲げが発生してしまうため、注意を払わなければならない。

 

フォーカスの連鎖

フォーカスした結果、対象に関して集めた情報で認識を固め、さらにそれをもとにフォーカスした内意用に関する情報を集めていくという流れになり、対象への認識はさらに増幅されていく。

例えば、特定のスポーツチームのファンは、常時そのチームの活躍できそうな点に関しての情報を集めるため、さらに好きになっていく。

たとえ、ある年に優勝できなかったとしても、その年の健闘ぶりに注目し、来年こそは、と応援する決意を固める。

このように対象が好きでも嫌いでも、注目した瞬間から対象への情報を集め始め、好きなものへはさらに好きになるし、嫌いなものへはさらに嫌いになるという、時間とともに増幅していく傾向がある。

 

ポジティブ人間の作り方

興味の対象は外部だけでなく、内部つまり自分もその対象になる。

自己評価が低い人はネガティブな面に注目するので、ネガティブな面と向き合う時間が多くなり、それにより自分に対する自信が削がれていく。

この結果、自分やその未来に悲観してしまい、チャレンジや努力に必要なエネルギーを確保できなくなり、本来自信の獲得に必要な経験の機会を失っていく。

そしてそんな自分にさらに嫌気がさし、またネガティブな面に注目してしまう。

こうしてネガティブ人間のネガティブ具合が時間の経過とともに強化されていく。

ポジティブな人間になりたいという声は多く聞かれるが、これと逆の流れを作ればいいだけだ。

つまり、自分に関するポジティブ面に注目するだけで、すべてが変わっていく。

●参考リンク:ポジティブになる方法│ネガティブになる3つの原因を対策する

 

フォーカスのリスク① 盲目的になる

関心の対象に集中しすぎて視野が狭くなり、盲目的になりすぎた場合、課題や悩みの解決の糸口を見落としがちである。

課題解決に対して状況が停滞してしまった場合、解決の糸口はそこではなく、その外側にヒントがあることが多い。

しかし、過度の集中で視野が狭くなってしまい、この俯瞰的視点を放棄してしまうことになり、解決を遅らせたりする。

専門家と言えども、職人がその技術をさらに磨くにしても、その分野をより深堀し続けることは、実は限界がある。

その時は専門外の分野にこそ、課題の解決や技術を向上させるヒントがあるのである。

 

フォーカスのリスク② ねつ造の危険性

関心の高さが過度である場合、情報の集め方も情報の穴埋めも、自分の立場や持論にとって都合がよいものを集めることになる。

この偏りすぎたものの見方は、ねつ造を生む可能性を秘めているので注意が必要である。

○○であるに違いない、という強い思いは、それを前提とした情報を収集するが、その情報の都合の良い部分だけを切り取っていたり、情報の穴埋めを都合の良い解釈にした結果、ファンタジーな結論を導いたり、ありもしない陰謀論につながっていく。

このような陰謀論は厄介で、自分にとって都合が悪い、説明のつかない部分や公開されていない情報についても、すべて陰謀として片づけてしまうため、本人にとって完璧なストーリーが完成している。

しかし、それは納得できているのは本にだけであり、思い入れが強すぎたあまり視野が狭すぎた者の悲劇でもある。彼はその井戸から抜けることはできない。

強い関心をもって課題に取り組む姿勢は素晴らしいが、情報収集、解釈の際には、都合のいい部分と都合の悪い部分の両方を検証しなければならない。

 

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