パターンを知る

なぜかいつもうまくいかない、良くないと思いながらもその悪い状態がズルズル続く。

このようなモヤモヤを抱えて、なんとなく日々を消化しているような人は多い。

これは、課題を言語化できていないからである。

自分という存在を理解できていないために起こる、課題の放置である。

このような望ましくない状況の打破には、課題を言語化することが必要だ。

つまり自分の内面に関する自己分析をしっかり行うことが必要なのだ。

そこからすべてが始まるのである。

 

自分を再発見する

自己分析を行うことで、普段見えていなかった自分を再発見することができる。

自分を振り返る機会がなかったからこそ、この再発見には、見識が広がったような、肩の荷が下りるような新鮮な感動がある。

改めて自分の感情化行動の癖やパターンを洗い出していくと、普段意識していなかった自分の思考や行動の癖、パターンに出会う。

例えば、

ああ、俺はこういうことには筋を通しているな、

ああ、俺はこういう行動には苦手意識があるな、

ああ、俺はこういう点では一般人には負けないな、

といったものだ。

そして知らず知らずのうちに、日々の活動はそのパターンに流されていたり、無理にパターンに逆らおうとしていたりする。

こうした自分のパターンに気付いていないと、ストレスを抱えやすい環境に身を置いていたり、精神的支柱を見失っていたりする。

自分を深く理解できていれば、このような潜在的な課題を避け、より充実した人生を送ることができる。そのためにも、自己分析が重要なのである。

 

自分を知り毒を遠ざける

自分についての理解が不足したままだと効率的な人生運営に繋がらない。

例えば、先輩や上司の根性論や、売れている自己啓発書やビジネス書を真面目に受け止め、そのアドバイスの通りに実行しようとしても、その効果は限定的だ。

なぜなら、そこに自分の存在が抜けているからだ。

経験豊かな先輩や偉い先生の有難いアドバイスは、自分にとって薬にもなるが、毒になる可能性も秘めている。

その薬になるのか、毒になるのかを判別するためには、事前の自己分析が必要になる。

 

例えば、健康診断で肥満を指摘された場合。

ダイエットにはマラソンがいいとアドバイスを受け、マラソンを習慣化しようと努力したとする。

しかし、その時の自分の体重が非常に重かったり、マラソンコースに高低差があれば、膝への負担は大きいものになり、痩せる前に膝を壊してしまうかもしれない。

そのような危険があるにもかかわらず、自分の置かれた状況を一切無視し、アドバイスを守り続けていれば、いつか膝を壊す日が来る。

これは、自分の置かれた状況を把握、つまり自分についての分析ができていれば避けられる事態だ。

 

さらに自分を顧みずアドバイスを守る真面目な人の場合、膝が壊れそうでもアドバイスを守り続けたり、膝を壊すのは自分のやる気がないからだと鼓舞し続ける人もいる。

これはばかばかしい話に聞こえるが、メンタル面では同じ事態に陥っている人はたくさんいる。

自分の内面に関する問題は目に見えない分、厄介である。

身の回りには、あなたのことをよく知らずにあれこれアドバイスする人がたくさんいる。

これらのアドバイスを正しく選定したり、冷静に判断するためには、事前の自己分析が必要なのである。

 

なぜ自己分析を軽視するのか

自分のことは自分が一番よく知っていると思いがちである。

それも当然だ。自分の人生を実体験できている人間は自分だけだからだ。

このため、自己分析はあまりされることはない。

せいぜい就職活動の時に、必要にかられて行う程度だろう。

しかし、人生を生きるための自己分析は、就活のための自己分析とは目的が違う。

人生をよく生きるための自己分析は、目の前の面接官にアピールするためのものではない。

もっと深く正確でなければならない。

 

自己分析を軽視する理由はもう一つある。

自分に向き合えないのだ。

自分に自信がない人は、自分のネガティブ面に向き合えない。

失敗や苦手なことを思い出すだけで、情けなく感じたり、みじめに感じたりする。

過去の失敗や自分の苦手なことを振り返ることは、そのショックが大きいほど困難なものになる。

これを実感したくないために、普段は無意識に思い出さないようにしている。

 

しかし、過去をそのままにしていては、過去についての認識は、あいまいだったり不正確なままである。

これでは苦手なものは苦手なままであったり、それを克服する機会を逃したりする。

もしかしたら過去の失敗は自分の問題ではないかもしれないし、事実を過大に捉えているのかもしれない。

自分と向き合わなければ、このようなリカバリーもできない。

自信を持つためには、誰かがフォローしてあげなければならない。

そして自分の内面に関するフォローは、自分にしかできない。

だからこそ、見過ごされがちな自己分析は自信の取りこぼしを防ぐためにも必要な作業なのだ。

 

個性とは

人にはそれぞれ感情や行動の癖やパターンがある。

自己中心的であったり、献身的であったり、活動的であったり、消極的であったりする。

しかしそのような表現は、その個人の性格の一部分の表現に過ぎない。

なぜなら、完全な自己中心的な人はいないし、完全に消極的な人もいないからだ。

つまり、個人の中に矛盾する性格が同居している。

どんなに自己中心的な人も社会生活上相手を尊重するときもあるし、どんなに消極的な人も一日中布団にもぐっているわけでもない。

その傾向が個人で異なっており、同じ組み合わせの人間など存在しない。

人生で俺と名乗っていいのは、一人しかいないのだ。

 

しかし、自分を知る作業は一般的にあまり行われない。

このため、自分の中で矛盾する感情や行動のパターンには、本人も気づいていない見落としや誤解がある可能性がある。

意識的にこの自分を知る作業が必要だ。

 

自分パターンの見つける方法

自分を知るには特別な道具や、特別な環境も必要ない。

いわゆる筆記用具と、一人になれる環境があればそれでいい。

このとき、筆記用具よりも、環境に気を使っていただきたい。

自己分析をする環境は、一人で集中できる場所が望ましい。

 

パターンを知る方法① 紙とペンを用意する

多くの人は、この簡単な筆記用具を準備することができない。

理由は決まっている。めんどくさいからだ。

なぜ、こんな簡単な作業でさえ、めんどくさいという理由で実行に移せないのだろうか。

めんどくさいと感じるときは、必ずそこに心理的な抵抗成分が存在する。

実行しようとしたとたんに、頭に雑念がなだれ込んできて、この簡単な作業を先送りにするだろう。

その結果、紙とペンを準備することができないという現象が起こる。

 

・問題の先送り

人間は抵抗を感じる作業を先送りにしたがる習性がある。

自己分析は、自分のことを好きでない人、自分に自信がない人にとって、苦しい作業である。

自分のネガティブ面に直面せざるを得ないからだ。

この苦しみが予見できるため、心理的に抵抗を感じ、やりたくない、めんどくさい、効果を信頼できない、と着手しない。

 

・言語化できない

思い出した過去が嫌なものであった場合、これを言語化することに抵抗を感じる人がいる。

思い出したくもない過去は誰にでもあるものだ。

しかし、過去の傷をえぐることがこのトレーニングの目的ではない。

もっと気軽に考えて構わない。

 

紙をペンを用意し、自分の行動をメモに書いたところで誰に提出する必要もないし、記録にも残さない。

誰もそれを見て判定することはない。

そう考えれば、過去や自分について振り返ることに抵抗を感じることがあっても、進めることができるだろう。

 

わざわざ、紙と鉛筆を準備するという、簡単な作業でさえできるかどうか。

この壁を乗り越えることができるか。

これは雑念に逆らって、目の前の作業に集中できるかのトレーニングも兼ねている。

●参考リンク:とにかく書けばなんとかなる!人生を救う「メモ」の絶大な効果

 

パターンを知る方法② 紙に書き出す

紙とペンは準備できただろうか。

準備ができたら、自分の思考や行動パターンにどんなものがあるか、言語化してみよう。

できるだけたくさん、とにかく思いつく自分の思考パターン、行動パターンを洗い出す。

仕事やプライベートを含めてよく遭遇する感情や行動の癖やパターンがあるはずだ。

これを確認するように、書き出す。

当たり前すぎて書くのも面倒でも書き出す。

 

・出勤中、交通マナーを守れない人を見かけて、イライラした。

・忘れ物が多い。特に忙しい時に。

・後輩に慕われたり、指導をすることが多い。

などなど。

 

・もう一つの狙い

思い出しているうちに、普段忘れていたことも思い出せる効果もある。

記憶は芋づるのように、一つ思い出すとその周辺の記憶も思い出しやすくなる。

こうして普段頭だけで考えていたことが、もう一段深堀されることに期待している。

そうすれば、頭だけで考えていたことが、さらに根拠のあるものになったり、考え直すきっかけになったりする。

●参考リンク:言語化│言語化しなければ認識できない

 

メモを書き出せない人

紙を目の前にして、このような自分の行動パターンを書き出せない人がいる。

なにか罪悪感のようなものを感じてしまうのだ。

しかし、ここはひとつ踏ん張ってみよう。

書き出す内容は、キーワードひとつでもいい。

さらに言えば、違うことを書いてもいい。

ただ今の時刻、いま目に見える風景を絵にかいてもいい。

もっといえば、紙と鉛筆を用意するだけでも、探すだけでもいい。

なにかどんな些細なことでも、できる範囲で行動を起こすことが重要である。

紙とペンをもって書き出そうと努力をした、という事実が重要なのだ。

 

また、キーワードひとつだけでもいいのには理由がある。

キーワードひとつ書くだけでも、それは一つのハードルをクリアしたことになる。

その立派な努力を認めるだけで、もう一歩踏み出せるきっかけになる。

この紙に向かって書くチャレンジをするほど、ハードルが少しずつ下がり、書けないものも書けるようになるものだ。

今どうしても書けないなら、それはまだ、自分に向き合うタイミングではないということだ。

 

パターンを知る方法③ 傾向をつかむ

そして紙に書きだしたものを並べてみて、その中から法則性、共通点を探そう。

・どのような規則性があるか。どのような言葉でカテゴライズできるか。

・一般の人と異なる感情や行動のパターンはどのようなものか。

・どういう状況にストレスを感じやすいのか。

これらは紙に書き出すことによって、頭の中でぼんやり考えるより、より明確に把握することができたり、自分の再発見をすることができる。

・思っていたより、○○が苦手なんだな。

・以外と○○が得意らしい。

・○○するべき、という考え方を他人に押し付けていた。

などなど。

 

このようなことは、普段当たり前すぎて意識的に行われることはない。

時間をかけてジワジワと認識するようになったりする。

しかし、自分の感情や行動のパターン紙に書き出し、認識しやすくすることで、長い時間かけて気付くことを、短期に気付かせてくれるのである。

●参考リンク:成功への最短ルート│正確に現状を把握する

 

自分像との付き合い方

こうして見つけた自分像には、価値の上下はない。

それぞれがこれまで懸命に生きた中で作り上げた個性だ。

得意や不得意はあっても、その一部を切り取って評価されるものではない。

自分とは、何があっても最後に応援してくれる存在だ。

自分を支えてくれる存在とは、優しい奥さんでもないし、神でも聖書でもない。

 

自信がない人は、自分を差別することに慣れすぎている。

本来一番大切にしなければならない自分に対してあまりにも扱いがひどい。

厳しい社会の中で生きていくためには、自分をいたわることが大切なのだが、その前にそんな自分に気付くことが最も重要なのである。

●参考リンク:ポリシーを確立する