認知のゆがみを修正する

自信がない人は、極端な考え方をする傾向がある。

あらゆる場面で、ネガティブに偏った考えをしてしまうのだ。

これは考えていく中で浮かんでくるものであったり、反射的に直観的に表れるものもある。

しかしそのどれもが自己否定につながるものである。

その原因は、こうした認識の無自覚である。

この偏った考えに無自覚のまま受け入れ続けているといつまでたっても自己評価につながらず、自信を失わせる人生のままだ。

自信の獲得には、こうした認知のゆがみを緩和する必要がある。

 

認識のゆがみとは

自信がない人は、無自覚に精神的な自傷を行っている。

事あるごとに自己否定につながる考えにいたり、そのたびに傷ついている。

本来正確に事象を把握、理解することができていれば、このような無駄な自傷をしなくて済む。

しかし自信がない人の考え方は偏っており、自己否定というゴールに向かったものばかりだ。

この偏った考え方を認知のゆがみという。

認知のゆがみは本人には無自覚であることが多い。

他者から見れば、その偏った自己否定に帰結するその考えは、理解できないものであるし、

また他人からのフォローを受け入れない姿は、何か、悪いものにでも取りつかれているような雰囲気がある。

 

認知のゆがみによる影響

認知のゆがみによって受けた傷は目に見えないため、本人には気づきにくい。

習慣とさえなっているために、むしろこの傷つけることとその痛みは、その人にとっての普通となってしまっている。

それによる損失は目に見えないかもしれないが、自信を失うことの弊害は非常に大きい。

自信があれば本来できたはずの挑戦や、失わずに済んでいた人生の転機があったのだ。

認知のゆがみを抱えているだけで、この潜在的な損失を抱え続けているのである。

 

なぜ認知のゆがみに無自覚なのか

人間は、当たり前に感じていることは無意識に対応、処理している。

いつも考えていること、書き留めずに済むことをわざわざ文書化、視覚化しないものだ。

刷り込まれた認知のゆがみは、本人にはとても自然であり、疑いようのない。

どんなにゆがんだものであっても、改める必要性を感じることはない。

しかし、この認知のゆがみは、治せないわけではない。

冷静に対応すれば、その偏った思考パターンに気付くことができる。

この自分の中に根付いた、自信を失わせる認知のゆがみパターンについて解説する。

 

認知のゆがみパターン

自己評価が低い人は、いくつかの思考パターンを通して自動的にネガティブな考えが浮かぶことが知られている。

 

  • All or Nothing思考

極端な判断基準により、0か100か、白か黒か、の二択で解釈する。

ここに、まずまずの成功、ちょっとした失敗という概念やグレーの領域が存在しない。

非の打ちどころの全くない完璧なものか、それ以外はすべて失敗ということになる。

しかし、事実上、完璧なものは存在しない。

自分の実績と向き合うたびに完璧でない部分を見つけ、自分を否定し、自信を失う。

この非現実的で高すぎる要求水準を満たすことはできないため、永遠に自信を蝕み続ける。

 

  • 一般化のし過ぎ

些細な失敗やミスを、針小棒大にとらえ、全体もそうであるかのように解釈する。

その失敗やミスにフォーカスしすぎて、それで頭がいっぱいになり、その他の部分に関して一切目に入らない。

それまで順調であったことや他の部分に関しては問題なかったことが、無かったことになる。

このあまりに視野の狭い考え方の結果、失敗の印象が全体の印象にすり替わる。

例えば、たまたま起こしたミスなのに、またか、いつもだ、やっぱり、と嘆く。

ひとつの科目が苦手なだけで、俺は勉強ができないと考える。

親しい友達がいるのに、性格が暗いと考える。

こうして世界は自分への失望で満たされている。

 

  • 結論の飛躍

悲観的で直観的な結論に飛びついてしまう傾向がある。

この悲観的な結論は、他人からの拒絶の恐怖や、未来の恐怖に基づく。

例えば、他人から嫌われているのではないか、受け入れられないのではないか、

また、この不幸が続くに違いない、この先に不幸が待っている、と言ったものである。

こうして、ひとつの出来事からきちんとした裏付けもなく勝手に推論し、自分を否定する考えを導き出す。

同僚の態度がそっけない時、嫌われてしまった、と早合点し、その後のその同僚との接し方が気まずいものになったり、縁を切ってしまおうと考えたりする。

しかし実際は、その同僚は仕事上のミスで一時的に元気がないだけだったりする。

ある時上司に未経験の仕事を頼まれた時、失敗するに決まってる、とパニックを起こしたりする。

ひどい場合はその上司を憎んだりしてしまう。

しかし実際は、過去に似た仕事を経験したもので思ったほど困難でなかったり、その分野の経験者を紹介してくれたりするものだ。

 

  • 自分の悪い面を過大評価し、良い面を過小評価する

自分の実績に対する評価を、悪い面を強調するように偏って解釈している。

これは近くのものはより大きく、遠くのものはより小さく写す性質がある広角レンズの効果に似ている。

自分の良い点と悪い点を並べて撮影すると、撮影者は悪い点に近寄り、悪い点を大きく、良い点を小さく映し出す。

例えば、何かに失敗すればそれは自分の責任だと感じる。

チームで進めたプロジェクトのミスの主な原因が自分の担当外だとしても、自分にできることがなかったか、あったはずだ、と悔しがる。

一方、何かに成功するとそれへの貢献度を過小評価、または無かったことにする。

あるグループでの活動の功績が認められても、それを生きがいに頑張ったものであっても、幸運や協力者の貢献が大きかったと解釈する。

また、まったくの単なる不運による事故でも自分の責任にしてしまう。

全くの不運により事故に巻き込まれると、不用心だった、緊張感がなかったと反省する。

この人は自分の努力を認めたくないのだろうか。

このような自分の扱いは、あまりにも悪意に満ちていて差別的なものではないだろうか。

 

  • 自分のコンプレックスに結びつける

これらの認知のゆがみの根底には、身の回りに起こった事象や、他人の言葉を自分のコンプレックスと結びつける力が働いている。

自分が感じているコンプレックスは他人から見えていないはずなのに、他人から発せられる言葉が自分のコンプレックスを言い当てているかのように感じるのだ。

他人の非難めいた言葉を耳にすると、自分のことを言われているかのように感じ、恥ずかしさやみじめさを感じたりする。

たとえそれが、自分に対して向けられた言葉ではなくても、である。

彼らは、恐ろしいまでに事象を曲解している。

ご苦労なことに、わざわざ自信を失う材料を無いところから探し出し、傷つくのだ。

これでは自信を無くすのも当然だ。

 

認知のゆがみを補正する方法

普段の無意識に行われる思考を意識することは少ない。

それがどんなに異常なものであっても、本人にとっての普通、平常状態であり、個性にまで落とし込まれているからだ。

補正には、解釈の異常な点に気付き、都度認識を改める必要がある。

そしてこれを習慣づけることだ。

 

認知のゆがみを補正する方法①とにかく書き付ける

紙とペンを用意し、自分のダメだと思っていることを書きだしてみよう。

今日、または昨日起こった嫌な出来事、いつも悩んでいることを思い出した順に書きだしてみよう。

思いつくままに、どんどん書き出す。

目の前の紙を世界一器が広くて何でも話を聞いてくれ、一切の批判をしない存在だと信じ、思っていることを書きだすのだ。

書くべきかどうかの判断も後回しにして、とにかく書くこと。

書き出す量も書き方も決まっていない。制限時間もない。

キーワードを一つでもよいし、日記のような文章を延々と描き続けても構わない。

ファーストステップは以上である。

 

しかし、実は簡単なように見えて、これが難しいのである。

なぜなら、二つのハードルがこの試練を困難にしている。

 

①効果を信じていない。

当たり前に感じていることをわざわざ書き出すことに意味を感じられないのだ。

何度も何度も頭で繰り返してきたことを、視覚化したところで、その先に得られるものが想像できないのだ。

しかし、言語化することの効果は高い。

思っていることを書きだすだけで気持ちが整理され、深刻な悩みが緩和し、自信のないことに悩んでいたことさえ忘れる場合もあるほどだ。

書くだけで何もかわりゃしねー、と思っている人は、この効果を実感したことがないだけだ。

 

②言語化できない。

書き出すことのできないもう一つの理由は、言語化できないことだ。

思っていることの言語化というものは、実は難しい。

感情や概念的なものの正確な表現は困難である。

また、自分の感情や失敗を書き出そうとしたときに、そのネガティブ面に向き合いたくないために投げ出してしまう。

しかしそれは考えすぎなのだ。

そんな考えが浮かぶ前に、他の書くべきことはないか、を考えること。

このトレーニングは、次のトレーニングにつなげる準備という意味もあるが、

ネガティブな気持ちに支配される前に、次のことを考える訓練にもなっている。

だから、どんどん書き出すことを推奨している。

 

認知のゆがみを補正する方法② 書いたメモを整理する

たくさん書き出せた人は大変かもしれないが、先ほど書いたメモを整理しよう。

下記の四点にそって見直してみよう。

①どのような状況か

②どう感じたのか

③認知のゆがみのパターンのどれに当てはまっているか

④どう考えなおそうか

 

仮に、ある日、会社で指摘されたことがあったとする。

それについて、認知のゆがみを補正する方法①で書き出したメモが、「指摘されて凹んだ」という一行だったとしよう。

 

この事象を上記の①~④にそって整理してみると、例えば次のようになる。

①どのような状況か

⇒会社の先輩に、「○○を忘れていないか?」と作業工程の抜けを指摘された。

②どう感じたのか

⇒たしかに忘れていた。いつも俺の仕事には抜けがある。指摘されて恥ずかしい、情けない。

③認知のゆがみのパターンのどれに当てはまっているか

⇒一つの出来事を全体の評価のように感じ、一般化をしている。

④どう考えなおそうか

⇒いつも抜けているわけではないだろう。むしろ指摘されることは稀だ。

 

このように、状況を整理し、自分の認識が偏ったものでないか、見直す。

すると、極端な解釈によって自分の評価を下げていたり、緊張しなくていい場面で勝手に緊張を高めていたりする自分に気付くだろう。

 

認知のゆがみを補正する方法③ 認識を改める

時間をおいて、改めて冷静に状況を整理すると、当時は見えてこなかった解釈の余裕が出てくる。

そこまで自分はダメではない、いつも失敗しているわけではない、と。

この自己擁護、フォローがとても大切なのだ。

自己評価の低い人は、このようなフォローがないので、その人の考える自己評価は下がるばかりなのも理解できるだろう。

なお、この流れ(書き出す⇒整理する⇒認知のゆがみに気付く⇒自己フォロー)は、慣れてくれば特に紙に書き出さなくてもできるようになる。

これを繰り返し、習慣化できた人は、自己フォローを自然にできるようになっている。

そして、自信がある(ように見える)人というのは、皆これを実践しているのである。

 

どのように自信が回復していくのか

自己評価を上げるには、自己評価を下げる思考パターンを取らないようにすることが重要だ。

しかし、認知のゆがみに気付くだけでも効果が高い。

自分の認識が異常だと気付くことができれば、自然に改めようと思うだろう。

ひとつのミスで自分のすべてを否定してしまうのは、明らかに考えすぎだ。というように。

このような認知のゆがみの修正を習慣化すれば、自己否定から自己肯定の習慣に変わる。

すると自分に対する自信や信頼感が増していく。

こうなると、人生はもう逆転している。

たとえ他人から大げさに指摘されても、まるで逆の反応を示すようになっている。

それは言い過ぎだろう、その他の点では負けてない、などと落ち込みそうになる自分を踏みとどまらせることができる。

それは、もうすでに人生が変わったことを意味している。