自信がない人の特徴|徹底的に自己否定する

社会を生きていく上で、謙虚や遠慮といったものは人間関係をスムーズにする。

特に日本人にとってこれらは、国民性にも通じるところでもあり、良しとする文化が根付いているからだ。

 

しかし、自信がない人の中には、謙虚や遠慮を通り越し、自分の価値を一切認めることができない人もいる。

彼らは、自分のダメな部分に直面するたびに落胆し、「やっぱり自分はダメな人間だ。」と確かめる日々を送っている。

自己否定を繰り返しすぎて、自己評価が異常に低いのだ。

 

なぜ、そこまで自分を否定してしまうのだろうか。

そのルーツを理解した上で、自己否定してしまう癖を治す方法を考えてみよう。

 

自己否定する人の特徴

自信がない人は、自分の欠点にばかり注目し、いつも落ち込んでいる。

こうして毎日自己否定を繰り返す彼らは、低すぎる自己評価に沿った消極的な考え方と自虐的な行動をとる。

 

自分の悪い面を過大評価し、良い面を過小評価する

自信がない人は、ミスや欠点を大げさに考えたり重大に受け止める傾向がある。

見逃してもいいレベルの小さなミスや欠点も見逃さず、自己否定につなげてしまう。

 

例えば、1つ失敗したことに対して、人生の終わりかと思うほど落ち込む。

また、その失敗が仕方のなかったことが原因だったとしても、あるいは自分の力の及ばないことであったとしても、「もっと自分にできることがあったのではないか」と、勝手に自分に責任を感じ反省する。

あるいは、端から見ればうまくいった仕事に対しても、完璧な出来ではなかった部分を探り出し、完璧ではなかった部分を悔しがる。

 

こうして自信がない人は、わざわざ身の回りから反省材料を見つけだし、落ち込んでいる。

 

悪い結果を一般化する

自信がない人は、1つの悪い結果を全部がそうであるかのように考えてしまう。

例えば、自分のミスや欠点を見つけ次第、「いつもこうだ」「やっぱりダメだった」と自分や人生に悲観する。

 

これほど間違った解釈はない。

毎日同じミスを犯しているわけはないし、欠点は誰にでもあるからだ。

こうした全体の評価をたった一つのネガティブ要素によって行ってしまうのは、明らかに極端な解釈である。

 

中途半端な態度を取る

自信がない人は、中途半端な態度になることがある。

例えば、パーティに行く機会があっても、地味な服装参加し隅の方でおとなしくする。

サークルに所属しても、各種活動に消極的でいまいち仲間に入れない。

女性を誘っても、そこからの一押しがない。

 

これらの煮え切らない態度の根底には、低すぎる自己評価がある。

自己評価が低すぎると、せっかく自分が行動を起こしても、

こんなことをしたら馬鹿にされるかもしれない、こんなことを言ったら嫌われるかもしれない、

という考えが頭に浮かび、その不安が彼の行動を消極的にさせる。

こうして本来の楽しみたいという気持ちと、受け入れられないかもしれないという不安の2つの相反する気持ちがぶつかり合い、結果的には中途半端な態度として表れるのである。

 

上下関係を作り下位に自分を置く

特に自信がない人は、自分に高い評価してくれる人を避け、自分に低評価を与える人を選んで接している。

極端な例であるが、いじめや各種ハラスメントの被害者はそうした関係を築きやすい。

自己評価が低すぎる人は、理不尽で不遇な扱いを受けていても、「こんな扱いを受けていても当然だ」と理解できてしまい、関係を解消できない。

なぜなら、加害者が考える被害者の価値と被害者自身が考える自己評価が、非常に低いところで一致しているので、その関係が安定してしまうのだ。

 

【重要!】無自覚に自ら不幸を招いている

上記のようなわざわざ不幸になろうとしているとしか思えない考え方や行動は、自信がない人にとって疑うこともないできないほど当たり前の習慣になっている。

そしてこれらの悲観的な考えと悲劇的な行動の根底にあるのは、自分に対する無価値観である。

 

自信がない人は、自己否定をあまりに繰り返しすぎて、「自分の価値など評価に値しない」という固定観念を作り上げており、これを前提とした考え方しかできない。

つまり、自分には価値がないと思っているから、自分の悪い点を見つけては自分を否定したり、周囲から受け入れられないかもしれないという不安が湧いてくる。

そして、不遇の扱いを受けても「自分には価値がないから」と受け入れてしまう。

 

もちろん自信がない人も不幸になりたいわけではない。悲劇のヒロインになんてなりたくない。

しかし、それは頭ではわかっているのだが、もっと根深い部分が自分への悪い評価と扱いを受け入れてしまう。

こうして、幸せになりたい自分と不幸を受け入れる自分の間で身動きが取れないでいる。

 

自信がない人は気付かねばならない。

このどうしようもない現実を招いたのは、周囲がそのような扱いをするからではなく、長期にわたって築き上げた自分への無価値観なのである。

 

なぜ、自己否定する考え方になってしまったのか

生まれつき自己評価が低い子供はいない。

今の自分に対する評価が低いのは、それは過去そうした蓄積があったからである。

 

厳しすぎる親

親の子供に対する評価が厳しすぎたり、叱り方が激しすぎると、子供は自分の価値を認めにくい。

例えば、子供がテストなどで好成績を収めたにもかかわらず、親がそれに高い評価を与えなければ、その子供は「精いっぱいの努力をしても認められない」と学習する。

また、多少のミスに対して親が厳しすぎる指導をすれば、子供は「小さなミスも許されない」ことを学習する。

こうして人格が形成されていき、「世の中は少しのミスも許されない緊張に満ちた場所」だと思うようになる。

 

子供に無関心な親

逆に、親の子供に対する無関心な態度も子供の無価値感につながる。

子供は潜在的に、がんばったことを認めてもらいたい、かまってもらいたいという願望を持つ。しかしこれを無視され続けると、自分の存在価値を疑い続けることになる。

 

また、全く関係がないのに理不尽に怒られたり、小さなミスにもかかわらず大げさに叱責されると、

疑うことを知らない子供は、素直にこれを解釈しようとし、「とにかく、何も悪くなくても自分が悪いのだ」と奇怪な理解をするようになる。

 

低い自己評価の強化

低い自己評価を幼少時に獲得してしまうと、その後の人生は「ダメな自分」を前提にした考え方をするようになる。

何か良い結果を得ることができても「ダメな自分」に対する思いを優先するため、「そんなはずはない」と、高い評価を受け入れることができない。

逆に、悪い結果になってしまった場合、「ダメな自分」を確認することになり、「やっぱりダメなんだ」悪い結果を受け入れることになる。

 

こうして幼少期に作られた自分に対する評価を、その後の人生で確かめてしまうため、

自分に対する低い評価をどんどん強化していく。

 

自己否定する癖を治すには

長年かけて体に染みついた習慣を変えることは容易ではないが、普段から意識して考え方を修正することで少しずつ思考の癖は修正されていく。

つい、いつもの癖で自己評価を下げる考え方をしてしまったら、一旦立ち止まって、偏った考え方をしていなかったか振り返ってみよう。

 

自分の能力を否定的に解釈しない

自己評価が低い人は、1つのネガティブ要因を全体に広げてしまう。

この習慣のままでは、自信を失うことがあっても自信を持つことは無い。

 

この悪しき習慣を断ち切るためには、ワンミス=自己否定という自動的な解釈を止めること。

たとえ失敗やミスを発生させても、それは部分的なものであって全部がダメなわけではない、という当たり前のことを自分に言い聞かせよう。

 

つい、いじけてしまうことに慣れていて、いつものいじけワールドに閉じこもりたくなるところだが、ここが踏ん張り時である。

「またいつもの自分に戻ってたまるか」と、いつも悪い方向に解釈しようとする自分と戦おう。

 

行動を先送りしない

自信がない人は、行動を起こすことを躊躇してしまう。

失敗するかもしれない、受け入れられないかもしれない、嫌われるかもしれない、

と頭の中が不安で埋め尽くされている。

しかし、不安におびえている人ほど準備しているものだ。

失敗しない様に事前にリスクに配慮しているし、受け入れられないような態度を取ることは無いし、嫌われるような身だしなみではない。

 

後は踏み出すだけだ。

自信がない人は、不安に負けて行動を先送りすることでさらに自分に自信を無くす。

この悪い流れを断ち切るためには、踏み出すしかない。

目の前にある行動から逃げずに一歩踏み出すこと。

その積み重ねがダメな自分を変えていくのである。

 

自分の努力を否定しない

自分に自信をつけるには成功体験が不可欠である。

しかし、自分に自信がない人は、自分のどんなに良い成果も受け入れることができない。

なぜなら、「ダメな自分」が成功するはずがない、と考えてしまうからだ。

この間違った認識を直ちに修正しなければならない。

 

自分を否定する癖を治すためには、自分の努力をむやみに否定しない様にしよう。

むしろ、失敗も成功だと考えるくらいの勢いが必要だ。

何でもかんでも自分を否定してしまうような人は、現実を捻じ曲げてでも自己評価を高める解釈にしなければならない。

そこに観的かつ公正な判断はいらない。

 

自分に自信が持てるようになるまでは、今まで自分に対して全て否定してきたように、

自分に対してすべて肯定してやろう。