日本人の国民性

 日本人の国民性を示す真面目さや協調性、陰湿さなどは、国内外問わず、よく知られているところである。こういった性格は海外から時に称賛され、時に奇異の目で見られている。

このような国民性は、いったいどのように形成されたのであろうか。

 

日本人の国民性は自然に恵まれた閉鎖空間によって鍛えられた

日本人の国民性として、働き者、正確さ、勤勉、真面目、礼儀や形式を重んじる、他者を敬う、親切に振る舞う、また内気、群れたがるといった特徴があげられる。

これら国民性は、日本列島の地理的要因を起源としたものである。

周囲を海に囲まれ、かつ自然災害が頻発するという過酷な状況は、さながら終わることのない厳しい修行のようである。

しかし、このような厳しい生活環境が国民性を熟成させた。

 

こうして鍛えられた忍耐力や団結力などは、今もなお引き継がれており、近代を例に取れば、第二次世界大戦での日本人の戦いぶりや、その後の高度経済成長はこの国民性を抜きには語れない。

そしてまたこういった国民性を次の世代に引き継がれていく。

単純に地理的要因とは言え、そこに発生する様々な要素が複雑に絡み合って日本人の国民性を醸成してきたのだが、ここでは2点に絞ったところから解説する。

 

自然環境がはぐくんだもの

日本国を構成する日本列島は、環太平洋造山帯の上に位置し、頻繁な地震活動や火山活動にさらされている。その上、台風の通り道でもあるため、洪水などの水害も頻繁に発生している。

このような頻発する自然災害は、たびたび生活環境を破壊し、大自然の圧倒的なパワーを前に無力感を思い知らされてきた。その恐怖は、常に我々国民に重くのしかかっている。

 しかし我々の先祖は、災害に見舞われるたびに、忍耐力と団結力をもって復興を実現してきた。

日本人にとって、繰り返す被災と復興は、これらを強固にする地盤となった。

自然災害からの復興には、その事業が大きいものほど、その実現には忍耐と団結が重要である。

 

特に事業に従事する者は、それぞれがそれぞれの役割を責任をもって果たさなければならない。これには忍耐が要求される。

また、事業に従事する者も、そうでない者も含めて、社会が一丸となってこれに取り組まなければ、復興の実現は長引いてしまう。

そして早期の実現のためには、お互いに仕事を助け合う精神も必要になる。これには団結力が必要である。

こうして復興事業のたびに、我々から忍耐力と団結力が引き出された。

日本人は、試練を受け続けた結果、忍耐力、団結力といった性格を身に付けざるを得なかったのである。

こうして培われた忍耐力、団結力といったものは、国民が一丸となって戦った第二次世界大戦や、その後の経済成長の基礎となったのである。

 

狭い社会がはぐくんだもの

日本は、周囲を海に囲まれた海洋国家である。

そしてその国土のほとんどを山林が占めており、定住できる平野部は限られている。

また、主食であるコメの生産には広い面積が必要になる為、ますます居住区は狭くなる。

このため、町や村などの集団生活はこの狭い空間で行わざるを得ない。

 

日本人は、このような狭い空間での集団生活を続けたことで協調性を身につけた。

お互いの存在を認め、助け合ったりお互いにに譲歩しあう協調性なしには、社会の維持は困難であった。

こうした他者への配慮や敬意は、茶道、華道、武道などの文化を発展させ、これに励むことでさらに礼儀作法を習得し、のちに武士道が生まれた。こうしてお互いを受容する器量が熟成されてきたのである。

 

また、狭い共同体社会の維持には、規則を守ることも重要である。

狭い社会の中で規則を違反するものが現れれば、途端に秩序が乱れてしまうからだ。

秩序が乱れれば、産業が滞り治安も悪化し、住みにくい社会になる。そして人口も流出する。また自然災害にも対応できず、隣の村や国の干渉を許してしまうことになる。

狭い社会によって鍛えられた日本人の厳格さは、他国に例を見ない。

このような厳しさは、切腹の文化や、死刑制度の存続という形で表れている。

 

大家族思想が生んだもの

自然を前にして全員が無力であること、お互いを認め大切にする気持ちは、各個人が平等であるという思想を生んだ。

この何か圧倒的存在の前に、全員が並列であるという考えが、のちの天皇思想につながったのである。

他の国々と同様、古くから日本も、国民をまとめようと様々なアイデアが試されてきた。

社会の維持には、国民は統制のとれたものでなければならない。

そこで、国民をまとめる知恵が必要になった。

 

・天皇、皇室の存在

その中で最も功を奏したのが、天皇という神話の創出である。

天皇という日本流の神的存在を作り上げ、そのもとに全員が平等であるという大家族思想と、

天皇を中心とした中央集権政治という政治システムを敷いた。

国民全員が天皇のもとに平等であるという考えは、家族的な国民性をはぐくんだ。

この浸透のおかげで、個別のコミュニティにおいても、首長などの上に立つ存在は、下の者に対し配慮をし、下の者は上の者を尊敬する。という理想形が日本の基礎になっている。

 

また、天皇を中心とした政治体制は、日本の基軸を強固なものにした。

神話に根差した絶対的な存在を中心に据えることで、国民全体がまとまることができた。

これが日本人の結束に貢献した

他国であれば国王という存在は権力の象徴であり、打倒の目標ともなる存在であるが、

日本の場合、天皇の存在は権力を振りかざすのではなく、国民の平和と安寧のために祈る存在であって、かつ、それまでに醸成された国民性(協調性)とかみ合うことによって、この存在がずっと続けられることができたのである。

 

国民が天皇を敬い、天皇は国民のために祈るという固い関係は、今も根付いている。

上の者は権力を振りかざす存在ではなく、下の者を大切に扱う存在であり、下の者(被支配者)は迫害の対象ではなく、尊敬されるべき大切な一個人という考え方は、他国の歴史にはないものである。この信頼関係が国民に安心感を与えてきたのである。

日本が2000年以上続くことができたのはこの天皇および皇室が存続し続けることができたからと言える。現代の国民皆保険制度や、経済成長期にまでは存在した終身雇用制は、この国民性が作り上げたものだった。

 

国民性の陰にあるもの

ここまでは国民性のポジティブ面だけを挙げてきたが、これらの国民性はいい影響もあれば、悪い影響もある。我々はこの両面を受け入れなければならない。

例えば忍耐力や協調性が過剰である場合。

過剰な忍耐や協調を受け入れていると、自主性が損なわれてしまい、まったくの社会に対して従順な構成員に成り下がり、個性を破棄することになる。

例えば協調性、団結力が過剰である場合。

全体主義に基づく思考が、排他的な行動になって表れる。少しでも異質な一面を持つ人間がいれば、これを排他的に扱い、村八分と言われる差別的扱いまで行う。

例えば協調性が過剰である場合。

その者にとってコミュニケーションとは、意見を主張しあうことではなく、意見を自粛しあうものになる。こうした配慮のし過ぎは、個人の意見の主張の機会を失わせる。

 

このような例は枚挙にいとまがないが、こういった個性の破棄や破壊は、日本の言わば陰の部分であり、伝統的な国民病である。

我々日本人は、団結力や協調性をもって社会を維持し、文化を発展させてきたが、こうした部分から逃れることはできないのである。

 

まとめ

我々日本国民は、変えることのできない過去の歴史と、地理的要因により形成された国民性を理解する必要がある。しかしそれぞれは一面的な見方であり、違った角度で捉えれば真逆の解釈が可能であったりする。いい面もあれば悪い面もある。

両方を受け入れて、それとどう付き合うか、得意なことはそれを発揮し、苦手なことはカバーする努力をする。

ただ単に苦手な分野を批判するのではなく、両方受け入れたうえでの対処が大人には求められているのである。

日本人は、狭い地域に多発する自然災害の中で生きてきた。

この日本人の知恵は、今後グローバル化に伴い狭くなる一方の世界が求めるスキルをすでに身に付けている。

これからは日本人が世界にその知恵、つまり平和に暮らす方法を伝授する使命を担っているのである。