男は論理的思考が得意

オスとメスは、種の保存という観点から見ると、生の目的を異にする存在であり、そのそれぞれ異なる目的を果たすため、脳や肉体の構造がそもそも違う。

つまり、オスとメスにはそれぞれ得意・不得意がある。

男性は一般的に、議論や運動が女性に比べて得意である。

そして、議論という高度な知的活動には、論理的思考が必要不可欠である。

つまり、議論が得意なのは、論理的思考が得意だからである。

これは、男性の仕事に対する姿勢や酒の席での会話の内容、また人類の歴史がそれを表している。

 

感情的衝動と論理的思考

人間の活動の根元には、感情的衝動と論理的思考が存在している。

感情的衝動に基づいた行動とは、例えば、

不可能と分かっていても衝動にかられ行動に出る場合がそれである。

たとえば、災難にあった自分の子供を助けに燃える建物の中に入ろうとしたり、泳げなくてもおぼれる子供を助けようと海や川に入っていく。それができなくても、そうしようとする衝動はあるはずだ。

子供だけではない。自分の財産が失われようとするとき、自分の人生やアイデンティティを否定されると、人間は反射的に反撃に出るものだ。相手がどんな相手かも関係なく。

 

一方、論理的思考に基づいた行動とは、例えば仕事の進め方の例がわかりやすい。

あらかじめそれに間に合うよう、計画を立て、それに沿って行動するはずだ。会社の仕事だけでなく、家事についても段取りを組み、それに沿って進め、有事の際には臨機応変に再度計画を見直し、これに沿って行動をするだろう。

我々が頭を使って行動する限り、行動は大きく分けてこの二つに大別できる。

 

男は論理的思考が得意である

基本的にオスという生き物はメスの子育てという仕事のためのサポート役を担う。

例えば、食料の確保には、戦略が必要になる。

日頃から狩りの対象となる動物を観察しておき、いざ狩りを行うときには、その対象の弱点を突いたり、習性を利用した罠をしかけたりや戦術を駆使して、食料の確保を成功させる。

種によっては、獲物を捕らえるためにチームを結成する。そしてそれぞれが分担された役割を果たし、食料を得る。チーターやクジラなどがいい例だ。

 

また、住環境の整備には、場所の選定、材料の選定と運搬、構造の理解、構築技術が必要だ。

鳥類はそのように巣を作る。

論理的思考に基づいた行動でなければ、これらは効率的に進まない。

これらの論理的思考が得意なのは、むしろ当然である。

 

人間に関してもこの状況は同じだ。

人間で言えば、女性が子供を産み、それを育てることが可能なように、男性にはそのための環境の整備をするという役割がある。上記のような食料の調達や住居の建設などがそうだ。むしろそのために生まれてきたのだ。

人類の文化史から見ても、歴史がやはり男性の論理的思考の高さを示している。

学問を体系化したり、それを発展させた偉人には男性が多い。

現代に続く科学や芸術などの発展の歴史は、男性の努力によるとことが大きい。

これらの偉業は、論理的思考の得意な男性が特性を生かした結果であった。

 

論理的思考が苦手な男性

男性の仕事には論理的思考が欠かせないが、これらが苦手だという男性がいる。

しかし、それはそう思い込んでいるだけだ。本当は得意なのだ。

男性はよく議論をする。議論の対象は仕事に限らず、趣味にもおよびその範囲は広い。

例えば、野球やサッカーの試合を見た後の感想を議論する場合、

「あの時の選手交代は間違っていた。」

「選手Aは、よくあのタイミングでいい仕事をしたな。」

「次の試合の対戦相手は○○だから、次の戦略は△△にするべきだ。」

などと、楽しそうに議論している。

 

このような議論は、論理的な思考がなければできない高度な議論だ。

これを無意識に図解せずとも理解の上でお互いに議論している。

 

これらの会話が冷静さを欠く感情的なものであった場合、

「ダメだった!」

「あーむかつく!」

「あいつ死ねばいいのに。」

で終了するのである。しかし、実際の男性の会話というものは案外こうではなく、しっかり議論している。

 

つまり本当は得意なのだ。論理的思考は苦手だと思い込んでいるだけだ。

そのような思い込みは、苦手意識を刷り込まれてしまった過去に原因がある。

不幸にも数学や物理などの理系分野を苦手とする、親や友人に囲まれて育ってしまうと、自分もそうに違いないと決めつけてしまう傾向がある。

しかし、男性はオスとして生まれてきただけで、十分、そのポテンシャルは秘めているのである。

数学や論理と聞いて苦手意識を感じている人は、自信を持っていい。

生まれつきそのような才能を秘めていることに。

 

分析が得意な男性たち

職人のようなその道を究める仕事には、やはり男性が多い。

歴史上の有名な学者にもやはり男性が多い。

これらの事実は、特別に男性が優秀であることを示しているのではなく、論理的思考が得意な傾向があるということを示している。

 

先日、競馬場に行ってきた。会場は非常に混雑し、ごった返していた。やはり男性が多かった。

たくさんの情報を仕入れ、分析し、必死に予想する男性であふれていた。(ゴミもあふれていた。)

こんな複雑な作業ができるのはやはり男性だからではないだろうか。

単純にお金を稼ぎたいという欲求や、ギャンブルに対する依存ではなく、やはり予想することそのものが論理的な思考を活用する場であり、その潜在的な欲求が満たされるからではないだろうか。

 

まとめ

理系出身の女性もいるし、文系出身の男性もいる。

それぞれ教育環境の違いにより、経験の差による得意不得意が発生し、論理的な思考が苦手だと思い込んでいる男性が多い。

しかし、そんなことはない。オスの使命として論理的思考を活用するために生まれてきたのだ。それならば、せっかくのポテンシャルを眠らせて置いたままではもったいない。

明晰な頭脳と強靭な肉体を駆使して、女性が生物としての使命を果たせるよう、サポートできる仕事を全うしよう。それが男の生きる道なのだから。