無自覚な嘘│「判断」は「理由」に基づいていない

日常生活は判断の連続である。

判断は、時には力強く時には優柔不断であるが、そのどれもが理由や根拠をもとに行われる。

特に男性は理屈で考えることが得意なため、すべての選択や判断には合理性がある。

しかし、行動や判断の理由が存在し、説得力があっても、すべてが一貫した基準で判断が下されていると言い切ることができるだろうか。

全ての判断は厳格かつ公正なもので、そこには一切の自分の都合や甘さが干渉していないだろうか。

そして、そもそもそんなことが実現可能なのだろうか。

 

一般論

一般的に我々は、理由や根拠をもとに、判断を行っている。

そして、理由や根拠の納得性や説得力が強いものほど訴求力があり、自分の決断や周囲の人への理解を求めることに有利に働く。

また逆に、誰かが行った判断や行動に関心が向いた時、そこに至らしめた理由や根拠を質問したくなる。

このように、「理由があって判断がある」という論理は、もはや社会生活上の前提となっている。

 

感情による決断と正当化という真実

我々は、理由や根拠をもとに判断を下している、と固く信じている。

○○という理由があって△△を選択した。

○○という事情があって△△と判断した。

という論理は、シンプルかつ説得力がある。

 

しかし、現実に脳内で起こっているのは、感情的に下した判断(直観)とその正当化(言い訳)である。

つまり、感情が先にあり、論理が後からついてくるのである。

脳は、無自覚に嘘をつく。

 

なぜ無自覚な嘘をつくのか

・理由① 判断のスピードが速い

人はそれぞれ、様々な思いや欲求や不満などの感情を抱えており、

ある時、欲求を満足できる可能性や不満を解消できる可能性を発見すると、まずこれを満足させようと即断即決する。

その直観的で反射的なスピード判定は、思考や理性の介入を許さないほど、瞬間的に決定されている。

 

・理由② 社会的常識

時間は、過去から未来に向かって進んでいるし、結果の前には原因がある。

この、過去→未来、原因→結果というフローは、一方通行で不可逆なものだ。

また、どのような判断にも正当な根拠を示さなければならないという思い込みがある。

これらの社会的常識から見て、理由のない選択や根拠のない判断が容認できない。

 

・理由③ 背徳感

感情を優先させた自分の下した判断やとった行動を弁護しようと、合理性や正当性のある理由を求める。

理由は何でもよく、できるだけ説得力の高いものを探す。または創出する。

この論理的帰結、擁護、言い訳などの後付けの論理は、根拠というより、穴埋め問題に近い。

自分の決断が正しかったと思いたい。という思いが、欲に走った自分を必死に正当化する。

 

嘘の完成

実際は、結論としての行動は、その前からずっとやりたかったことであることであったのだ。

選択や判断の理由は、確かに自分の判断の正当性を主張するものに違いないが、

それはもっと大局的に、俯瞰的に見た場合、その根拠は非常に限定的な解釈である可能性がある。

しかし、理由はどうあれ、その納得性が高いほど精神も安定し、主張にも熱が入るというものだ。

こうして理由ありきの解釈で、動機付けやモチベーションの維持に努めている。

我々は、感情と自己弁護と課題に揺さぶられながらも、なんとか日々をたくましく生きているのだ。

 

無自覚な嘘の実例① 店舗において

何か商品を買うとき、必要性の議論やコスト計算などを厳密に行っているわけではない。

まず商品と向かい合い、感情が動き、買いたい欲求にかられる。

次に、その商品を買うことの正当性を脳内検索する。

検索の結果、合理性に見合う説得力のある理由を見つけたとき、買う許可を下す。

今月は仕事を頑張ったから。買い替える良いタイミングだから。など。

後日パートナーにそれを指摘されても、堂々とその正当性を主張するのである。

相手が納得するかどうかは別にして。

 

無自覚な嘘の実例② 議論の場において

会社においてもメディア上においても、ある人の主張は一貫しているとは限らない。

特定の人には寛容であっても、別の人には厳しい対応をしているものだ。

例えば、テレビのコメンテーターの主張は、好き嫌いの結論が先にあり、それによって主張の内容が変わる。

つまり好きなものには擁護するような意見をし、嫌いなものには切り捨てるような言い方をしている。

またそこの不整合を指摘すると、正当化のためにさらに逆切れしてさらに破たんした論理をぶつけてくる。

それとこれとは話が違う!それは前提が違う!

このような姿勢は、第三者から見ると主張が一貫しておらず、不信を招く。

 

今後に生かす

人間には理性がある。

どんなに感情があってもいつもそれを優先させているわけではないことも知っているはずだし、自覚しているはずだ。

しかし、「感情を優先させた決断とその正当化をする。」という悲しい人間の性質を知っておくと、目の前の問題に冷静に対処できる。

 

・相手への対応

立派な理由を熱弁をふるっていても、ダブルスタンダードだったり、全体を通して主張が一貫していない人がいる。

しかし、人間の性質を知っていれば、相手の言い分に惑わされず、その奥にある本音を見抜くことができる。

 

・自分への不信

自分が何かの選択や判断をしたときは、

単純に私欲に飛びついたものではないか。義務や課題から逃げていないか。

その理由や根拠は本当に正当で公正なものだろうか。

状況を俯瞰したとき、その理由や根拠は一貫したものであるか。

これらを、常に冷静に振り返る習慣を身に付けよう。