無意識とは

 「無意識」は一般的に使われる言葉であるが、認識できないため全くつかみどころがない。

しかし、動作を無意識的にしてしまうという経験をすることが多く、なじみの深い概念でもある。

この経験することが大変多いにもかかわらず、一向につかみどころのない無意識というものは、いったいどのようなものなのだろうか。

 

無意識とは生きる上での効率的な手段

我々のあらゆる判断に至るプロセスには、意識的なものと無意識的なものの2つのプロセスが存在し、ごく自然にこの2つを使い分けて日々の活動(認知・判断・行動)を行っている。

判断プロセスの意識と無意識の比率は、一般的には意識が3%、無意識が97%などと言われ、我々が意識的に認知できている範囲はほんのわずかである。
無意識的な反応や動作は、心拍を上げる、呼吸を荒くするといった生理機能から、感情や行動・決断にいたるまで、さまざまな活動が無意識によって制御される。

 

この中で、無意識には、生命維持を優先することを前提とした、警戒的反応、反射的反応と

過去の学習内容に従った判断と行動という2つの反応があり、いずれも生命維持や判断に要する時間とエネルギーの削減に貢献している。

つまり、無意識とは、得体のしれないつかみどころのないものではなく、

生命維持を起源とした反射的機能であったり、判断のプロセスを省略して効率化を実現している機能であり、非常に理にかなった合理的な活動なのである。

 

無意識のシステム 無意識行動の種類は二つある

無意識には大きく分けて、生命維持活動と、経験によるもの、という二つの種類が存在する。

 

■生命維持を起源とする無意識的な反応

まず、生命維持機能であるが、我々人間ももちろん身に付けており、以下のような例がある。

 

■警戒

いち早く危険を察知し、逃げ出すための準備に備えるためのもので、人が人に進化する前から備わっている機能である。このため差し迫った危機をキャッチすると、感覚は鋭敏化し、見えなくても聞こえなくても五感をフル活用し、迫りくる危機を感知しようとする。

このとき、全身が緊張し、心拍も上がる。危険から身を守ろうと全身が準備を始めている。

大きな音がした瞬間、思わずその方向に神経を集中してしまうのは、このためである。

 

■反射

瞬間的な生命の危機と直面した場合に、瞬時に身をすくめるなどの不随意運動を伴う反射という活動もまた、無意識的に行われる。

何かが飛んできたことを察知した瞬間に身をすくめる、熱いものを触った瞬間に手を引っ込めるなど、これらの反応も生命維持の可能性を高めることに成功している。

 

個人の経験に基づく無意識的な反応

次に、個人の経験に基づく反応であるが、これは社会生活上、個人が身に付けたルールに沿った反応を示すため、個性によるところが大きい。

 

■マイルール

人間はこれまでの人生において身に付けた学習内容により、個人的なルールを作る。親による教育や個人的経験から決めたルールは善悪、正義・不正義の区別などの価値観の基礎になるものから、車の運転など反復練習により身に付けたものも含む。

例えば、嘘をついてはいけないという善悪の価値観や、一度覚えた自動車運転の操作を記憶しているなどがあげられる。

 

■高速予測

本人に自覚がないが、予測が立ったうえで無意識のうちに、しかも早い段階で特定の状況を避けたり選んだりする。

例えば、疲れているときなどは、負担の大きい行動を避ける傾向があるし、やろうと思っても気が向かない、などのように感じられる。

そのほか、議論の最中に都合が悪くなりそうになると、話題をそらし注目を自分に向けないように仕向ける。評価が下がることが予想されるために、チャレンジしないという事態も引き起こす。

 

判断プロセスの省略により判断にかかる時間とエネルギーを効率化している

人は思考するとき、とりわけ決断するとき、脳は多くのエネルギーを消費する。

これを可能な限り効率化するため、無意識を活用したシステムを導入している。

思考するということは、脳内で非常に複雑な作業を行っている。

状況を把握し、その状況に合わせた最適な目標を設定し、実現のための手段を過去の例などと照合して導出する。

 

■効率化の実現 無意識化への落とし込み

日常の一秒一秒すべてに状況に応じた判断をしているわけにはいかない。

時々刻々やってくる状況に対し、毎度毎度意識に判断を仰いでいてはとても、情報処理に追いつかないからだ。

連続や反復するものなど決まりきったパターンについては、途中経過を省略して効率化を図る。

 

■パターン化、ルール化

この効率化の手段が、ルール化である。

反復練習で覚えこんだ一連の動作や、特定の状況での判断の公式のようなものを作り上げるのだ。

一度作ったルールに従えば、毎度の複雑な解答導出プロセスを経る必要がなくなり、自動的な判断することで意思決定のプロセスと時間とエネルギーを省略させることができる。

行動のパターン化は判断に駆けるエネルギーと時間の節約に有効で、その他の優先度の高い活動にエネルギーと時間を向けることができている。常により優先度の高いものに集中できる。

 

■パターン、ルールの無意識下への格納

更なるプロセスの効率化には、無意識下にこの判断のルールを落とし込むことで判断と活動の加速を実現する。

五感を使った情報のインプットに対し、脳が判断するより早く、瞬時に体が反応するようにさせている。

これが自覚無き身体の活動、反応を可能にしている。これは生命維持だけではなく、生活全般にも当てはまる。我々は自覚はないがこれまで学習したルールに沿って行動を行い、それは人生を効率化させた結果なのである。

 また、頭脳がパニックに陥り、判断ができなくなっても身体が動くという側面もある。このため、体だけは動き、生命維持の可能性を高めることになっている。

避難訓練はこれに期待した訓練なのである。

 

なぜ時間とエネルギーを省略する必要があるのか

我々の脳は、日常生活において五感から無数の情報を常時仕入れており、これに対し状況に応じて適切な判断を下す作業を繰り返している。また行動に際しても無数の情報が脳と器官が大量の情報を常時、交換しているのである。

これらの情報の処理は、時々刻々大量に押し寄せる情報量とその変化に対応するため、効率化をしなければその対応は、とても追いつかないのである。

また、それが生命の危機にさらすような緊急事態やそれに準ずる状況に直面したときは、さらに可能な限り早い判断と行動が求められる。

このように人間として、また生物として、常時入ってくる情報に対して、効率的な処理が求められるのである。

 

マイルールとはどのようにいつ作られるのか

ヒトは生まれてから人生を生きていく中で、様々な経験を積み、学習していく。

学習する内容は多岐にわたり、自動車を運転できるようになったり、文章を書けるようになったり、社会的なルールだけでなく、個人的な経験からも知識、経験を吸収していく。

マイルールの構築には、一番初期に接する時間が多い、親(家庭環境)からの影響が最も大きい。また宗教による影響も大きい。次に幼少期を過ごす学校という教育環境も大きく寄与してくる。

 

・親からの影響

例えば、生まれてきた子は、意思疎通さえできない段階から無意識を行使する。

泣けば食事にありつける、などのパターンを習得していく。

脳の成長とともに、複雑な状況を判断できるようになると、生きていくために親の機嫌を取るようになる。

生活環境を整備してくれる絶対的な存在である、親の言うことを聞かなければ、生命を脅かされる状況になってしまうので、親の指示や説明を日々、学習していく。

このため、親やそれに代わる存在から刷り込まれる価値観は、強烈に子に引き継がれるのである。

 

・教育機関からの影響

家庭を出て幼稚園などの教育機関に入るようになると、世界観はさらに複雑化する。

親に変わる指導者としての先生の存在、友達や周囲との人間関係において、さらに様々な経験を通して、学習していく。

 

・宗教からの影響

親や学校からの影響と並んで強い影響を与えるのが宗教である。宗教には善悪を含めた価値観が確立しており、生活上の行動規範が多数盛り込まれている。熱心な親や学校教育にさらされる時間が多いほど、また厳しい指導であるほど、その宗教特有の価値観が強烈に刷り込まれていく。

 

これらを通して、自分なりの解釈も織り交ぜ、善悪や正義と不正義、などの判断のカタチ(パターン、公式、思い込み)が作り上げられていく。

こうしたマイルールがどんどん無意識下に格納され、以後の人生においてこれをもとに、インプットされる情報の処理と判断が行われ、それをもとに得たオリジナルで貴重な経験からさらに学習し、マイルールが強固なものになっていく。

個性とはマイルールの寄せ集めと言ってもよい。

  

無意識システム導入のデメリット

無意識システムによる、その反射的な判断の速さは、あまりに瞬時で本人には認知できないほどである。つまり無意識とは、一般に言われる、見えない、つかみどころがない、得体のしれないもの、というわけではなく、そのプロセスが速すぎて認識できていないだけである。

この「見えない」「認識できない」ことが最大の問題なのである。

無意識システムは、マイルールや判断の公式、パターンやケーススタディを無意識下に置き、判断にかけるエネルギーと時間を省略しているが、マイルールが人生の初期段階に作られたものであったり、ルールを作るキッカケになったものがあまりにショッキングな出来事であった場合は、その設置後、このルールに目を向けることなく生活する経過時間が長くなることで、忘却の彼方に追いやってしまう。(トラウマと呼ばれる。)

 

つまり、この忘れてしまっているという状況が人生を苦しいものにしているケースが多い。

これがいつまでたっても改善しない、変われない、悩みの潜在的な根本原因になる。

改善しないのは、原因が見えておらずそれを対策できないからに他ならない。

 

無意識に必至に隠している。見ないようにしている。これが向き合えないという現象の原因である。

自分に作り上げたマイルールが、社会生活上それが不適合なものであるほど、またその数が多いほど、生きづらいという状況を生む。

この生きづらさの緩和のためには、いったい自分がどのような状況で息苦しさを感じるのか、どのような行動パターンがあるのか、それがいつから始まっているのか、について掘り下げる必要がある。

 

しかし、どんな状況であれ、どんなルールであれ、どんなきっかけだったにせよ、それはその時自分が自分の人生を向上心を持って生きてきた証拠であり、その積み重ねとそれによって積み重ねた人生経験は全くのオリジナルのものである。

つまり、マイルールとそれによる人生経験は、自分自身であるということ。それを無下に扱うのではなく、頑張って生きてきたということを、自覚することが大切である。

 

まとめ

無意識とは生物の生命維持活動を起因とした、効率化の手段であった。

そしてそれはその人の人生経験が深くかかわっており、判断には個別にパターンが存在する。

もはや個性そのものと言ってもいい。

自分の人生の経験の蓄積の中で最適化された経験則(マイルール)に基づき、

思考や行動をパターン化し、判断のエネルギーと時間の省略のために行われている。

無意識とは、過去の学習内容に基づく高速暗算の反射的判断、反復の省略(省エネの法則)が起因している。