人生

【あの時、もし…】人生で後悔する9つのパターンと2度と後悔しない生き方

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人は誰でも後悔する。

「あの時○○しておけばよかった。」「あの時○○さえしなければよかったのに。」

と、どうにもならない過去に囚われてしまう。

しかし、こうした思いはいかにも後ろ向きで、未来志向ではない。できることなら後悔のない生き方をしていて行きたいものだ。

はたして、どうすれば後悔のない人生を送ることができるのだろうか。

また、人はどのようなことに後悔しているのだろうか。

 

人生で後悔する9つのパターン

人は、今の自分の不幸を受け止めきれない時、後悔をする。

今の自分が抱えている苦しい思いや辛い現実を直視できず、過去に思いをはせるのだ。

そして、過去は変えることができないからこそ、いつまでもその人の心に残る。

人は一体、どのようなことに後悔をしているのだろうか。

 

恋愛

  • 勇気を出して告白しておけばよかった
  • あの時、あの人を振ってしまうなんて、バカだった
  • あの時、あの人を逃がさなければ良かった

実は、人生で後悔することで最も多いのが「恋愛」に関する過去である。

それだけ過去の恋愛に関する未練は、人の気持ちに残りやすい。

その範囲も広く、勇気を出せずに誘えなかったという片思いや自己完結レベルのものから、相思相愛でも別れざるを得なかった、あるいは死別したというヘビーなものまであり、実に様々だ。

過去の恋愛がいつまでも心に残り続けるのは、恋愛特有のあの強烈な感情にある。

だからこそ、その人の心に強烈な印象を残す。苦しかったことも。楽しかったことも。

 

会社・仕事

  • 会社選びをもっと真剣にやるべきだった
  • もっと仕事に真剣に打ち込むべきだった
  • 仕事に打ち込みすぎて、大切なものを失った

特に男性にとって、会社は人生のほとんどを過ごす場であり、人生と密接な関係にある。

会社選びは人生選びに直結するし、個人の生き方や考え方は働き方に直結する。

特に男性は、仕事に打ち込みやすく、大切なものを失ってからその大切さに気付く男性が多い。

その大切なものとは、家族や友人などの人間関係かもしれないし、心身の健康かもしれない。

あるいは、柔軟で幅広いものの考え方かもしれない。仕事ばかりしていると視野が狭くなってしまうのだ。

そしてさらにその仕事も失った時、この男性は「生きがい」さえなくしてしまうのである。

 

健康

  • もっと体をいたわっておけばよかった
  • もっと食事に気を付けておけばよかった
  • もっと早く検査するべきだった

若いときは、健康でいることが当たり前のように考えがちだ。

ところが、30代も過ぎると全身の各器官も衰え始め、回復力も若いころほどは期待できなくなる。こうして年齢とともに健康の維持はだんだん難しくなっていく。

しかし、健康は失うまではそのありがたみを知ることができない。

だからこそ、健康を前提として無理を重ねたり病気のサインを無視し続け、ついに健康を害してしまうのだ。

健康の維持にはケアが必要だし、我々の体には限界がある。

だが、健康な時ほどこの大切なことを忘れてしまう、という矛盾を抱えている。

 

勉強

  • もっと勉強して、もう一つ上の学校には入れたらよかったのに
  • もっと勉強して、資格を取得しておけばよかったのに
  • もっとたくさん本を読んでいれば、もっと人生を楽しめたのに

人生の折り返し地点になろうかという年齢になっても、「あの時勉強しておけばよかった」と悔やむ人もいる。

あの時もっと勉強していれば学歴や資格が手に入ったかもしれないし、それによって今ごろはこんなに不幸じゃなかったはず。というわけだ。

しかし、これは逃避的な考え方である。

なぜなら、本当に人生に勉強が必要だと理解していたら、後悔なんかしてないで勉強しているはずだからである。

今ごろ勉強しても手遅れだ、と考えてさらに勉強する機会を放棄する人は、きっと一生勉強することはないだろう。

 

結婚

  • 結婚後にわかった相手の本性に戸惑っている
  • 結婚がこんなに辛いものだとは知らなかった
  • 仕事に打ち込みすぎた結果まだ独身で、寂しい。

相手の本性を見抜けなかったり、結婚自体に後悔する人も多い。

そもそも、「結婚はしてもしなくても後悔する」という名言もあるように、結婚には後悔はつきもの。

猫をかぶっていた女性が、結婚後に豹変することはよく聞く話で、出産後はさらに強くなる。

結婚や出産を機に男性の立場は狭くなり、人権も侵害されれば後悔しない方がおかしい。

一方で、こうした結婚ができずに後悔する人もいる。

一生懸命働いて帰宅する家には電気がついていない、休日を一緒に過ごす家族がいない、あるいは社会的に肩身が狭い思いをする人もいるだろう。

どちらにせよ、「無いものねだり」である。

 

お金

  • もっと節約しておけばよかった
  • あんな高い買い物をするべきではなかった
  • もっとお金の勉強をしておけばよかった

お金は我々の人生に非常に密接に関係しており、お金に関する後悔も多い。

とにかく今の生活水準に不満があり、出来たはずの高水準の生活にあこがれ、それができない理由を見つけ出し、そのことを悔やむ。

無駄な出費をしなければ今ごろ欲しいものを買えたかもしれないし、もっと情報を注意深く整理していたら投資は成功したかもしれない。

人間の欲望は、きりがない。欲しいものを手に入れても、さらに良いものが欲しくなる。

今の生活に満足するという視点がない限り、この底なし沼から抜け出すことはできない。

 

逃げ

  • 辛いことから逃げて、他人に迷惑をかけた
  • 勇気がなくて、立ち向かえなかった
  • 親や上司が怖くて、逆らえなかった

逃げたことに対し、自分の無責任さや情けなさを悔やむこともある。

人生における後悔は、大きな判断ばかりではなく、普段の何気ない習慣にも及ぶ。

人間は、辛いものや怖いものから逃げようとしてしまうものだ。

どんな努力も結果が伴わなければ努力の継続は苦痛になるし、恐怖の対象には従うか避けることで難局を乗り切ろうとする。人間は無限にタフなわけではないのだ。

しかし、逃げざるを得なかった状況だったにもかかわらず、こうした仕方のない結果を悔やんでしまう。

逃げはあらゆる場面で発生する。仕事も恋愛も人生の選択の場面においても。

 

暴走

  • もっと気を付けていれば事故に遭わなかった
  • 忠告を無視したために、大きな損害を負った
  • あの時あの人の言うことを聞いておけばよかった

人生においては、自信がありすぎて暴走するときもある。

みなぎる自信に後押しされ、ノリと勢いで自分のやりたいことを追究するときもある。未来が非常にクリアに見え、止めようとする声を聞き入れない。例えそれが、どんなに親身になって考えてくれたアドバイスだとしても。

このアドバイスをしてくれるのは、親、先生、上司、友人、彼女であったりする。

そして暴走の結果、満足できる結果を得られなかったとき、後になって後悔する人もいる。

たいてい、暴走の結果は失敗に終わる。視野が狭くなっているからだ。

自分を止めてくれたのは、視野の狭い考えに対するものだったのだと、後で思い知らされるのだ。

 

自制

最後に後悔していることに気付かないケースを紹介する。

  • 親のために、家族のために頑張りすぎて、結婚や友情を台無しにした
  • 会社のために力を尽くしたが、その代償があまりに大きかった
  • 他人の気持ちを優先してばかりいて、自分のやりたいことが何一つ達成できていなかった

いつも自分の気持ちを押し殺し、親のため、家族のため、会社のためにひたすら頑張る人は、いろいろ大切なものを失っていることが目に入らず、後悔さえできない。

このように自分の気持ちをいつも押し殺してばかりいると、自分の気持ちがわからなくなる。むしろ、わからないからこそ、さらに誰かのために頑張れてしまう。

そしてさらに自分の気持ちがわからなくなる、という悪循環にはまっている。

この悪循環にはまってしまった人は、自分の人生を生きていない。誰かのための人生を生きている。これでは生の実感は得られない。そして空しい。

生きていてつまらない、生きる意味が分からない、いつも我慢ばかりしているという人は、まず、自分の人生で失ったものを考えてみよう。

本当は自分はどう思っているのだろうか。本当は自分は何がしたいのだろうか。

 

人生の後悔を消化する

どんなに悔やんでも過去に起きたことは変えられない。

いつまでも過去に囚われていると、気持ちが過去に固定されてしまう。

だが、自分の過去に理解を示し気持ちを整理することができれば、前向きな考え方・生き方ができ、本来あるべき充実した人生に変えていくことができる。

 

逃げた自分を許す

過去の振り返ったとき、自分の行動は逃げた、と思いがちである。

しかし、本当にそうだろうか。逃げざるを得なかったのではなかったか。

人間は、いくつか選択肢があるとき、最も楽な選択肢を選ぶようにできている。

辛いこと、苦しいことは避けられるものなら避けたいと思う気持ちが、常にベースにある。

やらなければいけない、やるべきという思いがあっても、もうこれ以上の苦痛に耐えられないと思った時、そこから逃げようとする。

過去の自分を責め続けるのではなく、そうした事情がなかったか、振り返ってみよう。

いつまでも過去の自分をいじめ続けても何も前進しない。

それよりは、過去の自分の事情を汲み取り、逃げざるを得なかった、とても怖かったということを思い出してあげると、過去の自分、つまり自分自身を癒すことができ、激しかった後悔の気持ちは和らいでいく。

 

間違った自分を許す

自分の判断の間違いをいつまでも引きずっていないだろうか。

確かにあの時の判断が違ったものであれば、今ごろ違う人生を歩んでいたかもしれない。

しかし、どの瞬間のどの判断も、自分がより幸せになれる選択をしようとしていたはずだ。

限られた時間と限られた判断材料の中から、懸命に悩んで出した判断だったはず。

それを後になって今の不幸の責任を全部、過去の自分に背負わせるのは酷である。

もっと過去の自分に理解を示そう。

本当に大切なのは、判断の内容ではなく判断に至ったプロセスだ。

一生懸命に考えて出した決断だったら、それを受け止めようではないか。

人生で直面する出来事はすべて複雑だ。それに全問正解することは不可能。

にもかかわらず自分を責め続けるのは、あまりに自分に厳しすぎるのではないだろうか。

 

自分と向き合う

過去の自分を後悔しても、そこから前進できない人がいる。過去の自分が置かれた状況や、心境を振り返れないのだ。

人間は苦痛から逃げようとする。それは精神面でも同じである。

思い出したくないことがあると、それ以上の過去を深堀できない。

それは例えば、自分は優秀ではないこと、臆病だということであったり、あるいは理想の姿からかけ離れた自分のマイナス面であったりする。

こうしたものから目をそむき続けていると、前に進めない。反省から見えてくる課題を汲み取れないからだ。

そもそも人間には個性がある。得意も不得意もある。

自分の無力さはあまりに惨めで受け入れられるものではないが、そこにばかり注目するのは視野が狭い。

自分にも得意なものがあること、誇れるものがあることを自覚しよう。

自分の嫌いな部分も好きな部分も含めて一人の人間であることを理解することができれば、少しずつ自分の身たくない部分にも目を向けることができるようになれば、いつか過去を受け入れ、未来志向の前向きな考え方ができるようになるだろう。

 

現状に満足する

過去に注目してしまうのは、現状の不満を受け入れられないからである。

人生を悲観し、過去を後悔しているときは、心理的な現実逃避と言っていい。

人生に後悔して過去に思いをはせても、何も変わらない。それでも、後悔する気持ちを止められない。

しかし、それは現実のマイナス面に注目しすぎである。

現実の自分に置かれた状況は、それほど悪い状況なのだろうか。今の自分が持っているもの、今の自分にできること、は何だろうか。

そしてこれらを本気で駆使したら、どんなことができるだろうか。

こうしてないもの探しではなく、あるもの探しで、自分の置かれた状況がそれほど悲観的でないことを理解できれば、無駄に過去に縛られることもなくなるだろう。

 

後悔しない生き方とは

どんな判断も失敗のリスクがあるし、知力と体力の限界から逃げることもある。

しかし、それでも人生に後悔することのない生き方がある。

 

全力で生きる

何事にも全力で取り組み、常に自分の限界に挑戦し続けること。

毎日「今日が人生最後の日」と考え、自分の最後の日としてふさわしい日にすること。

実際に、人生には何があるかわからない。今夜布団に入っても、明日目が覚めないかもしれない。

そう考えれば、多少苦手だとか、めんどくさいとか、怖いとか言ってられない。やるべきをきっちりやる、責任は果たす。

今日交わした会話がその人との最後の会話だとしたら、消極的で逃げるような内容では、あまりにかっこ悪いだろう。

徹底的に自分を追い込み、「やれることはすべてやったぞ」「もうこれ以上できることはない」「限界だ!」と思うところまで自分を追い込めば、あとで振り返ったときに後悔することはない。

「仕方なかった」と思い、後悔することはないだろう。

 

甘えない

絶対に自分を甘やかさないこと。常に退路を断ち、戦い続けること。

常に自分を奮い立たせて、モチベーションを高く保ち、全力で戦うこと。

休んだり、ご褒美を与えない。休んでいいのは、やれることをすべたやった後のスキマ時間だけ。

常に状況が前に進んでいる状態を作り上げることが重要である。

 

自分と向き合う

自分の人生を責任をもって自分で受け持つこと。

そのためには、いかなる自分も受け入れること。

どんな自分のマイナス面も、どんな結果を受け入れる器の大きさを持とう。

ハッキリ言って最低な部分を受け入れることができるのは、世界で自分一人しかいない。

過去に思いをはせてしまうのは、自分を受け入れられないからである。自分とは、過去も現在も未来も含めた、自分の人生そのものである。

情けない自分も間違った判断も、自分で責任を取る覚悟があれば、むやみに後悔することもなくなるだろう。

 

しっかり悩む

どんな判断にもしっかり考え、ベストな判断を下すことに努めること。

どの判断が人生に影響を与えるかわからない。あるいはすべてが未来に影響しているかもしれない。

未来の自分の人生を良いものにし、後悔しないものにしたいなら、どの判断もおろそかにしない。

判断のための材料をしっかり出しつくし、隅々まで熟考し、自分の責任で自分で判断する。

検討の時間があるにもかかわらず、大して考えもせずに結論を出したり、誰かに判断をゆだねると、それが後になって後悔の材料になる。

後悔なんて時間の無駄だと思うなら、今のうちにその可能性を全力でつぶしておこう。

 

自分の気持ちに素直に生きる

自分の存在を無視して、ひたすら他人に尽くすという生き方もある。しかし、その生き方には必ず人生に対する虚しさを覚悟しなければならない。

本来、人生とは自分のものである。だから、人生に起こる全ての判断は自分の意志に沿ったものであることが望ましい。

しかし、判断や考え方の前提が自分ではなく他人になっていると、人生から自分が置き去りにされている。

いつも他人に合わせていたり、他人の指示に従ってばかりだと、誰の人生を生きているのかわからなくなってしまう。

人生に対する虚しさとは、こういう背景がある。

こうした事態を避けるためには、自分の気持ちに素直に生きることが大切である。

自分はどう感じているのか、自分はどう考えているのか、自分は何がしたいのか。

自分は何が好きなのか、自分の考える幸せはどんなものなのか。

こうした質問に答えられるようにしておきたい。

そして、時には自分の気持ちを優先することも後悔のない人生にするために大切である。

 

もっと簡単にできる後悔しない方法

よく考えてみると、人生に後悔することがあっても一年中後悔しているわけではない。

キッカケがあって、普段隠れている後悔の念がムクムクと顔を出すのである。そのキッカケとは、疲れである。

心身の疲れによって前向きに考えることができない時、普段押さえつけている不満を抑えきれず現状を悲観し、その原因になった過去を後悔する。

しかし、そうなってしまう前にできることがある。疲れを癒すのだ。

好きなものを食べるとか、趣味に没頭するとか、寝るとか、とにかく好きなことで時間を過ごそう。

そして、気分を立て直すことができたら、現状を受け入れることができたり、現状の満足できる部分を見つけて納得できる前向きな考え方が可能になる。

そうすれば後悔の念で過去に縛られることもない。

後悔しないためには、後悔する材料を作らない生き方が大事だ。

しかしそれだけでなく、常に前向きに気持ちを保つためにときどき自分の心身をいやす、ということもまた、もう一つの後悔しない生き方になる。

 

まとめ

誰でもやり直したい過去があるものだ。

どんなに頑張っても、どんなに悩んでもベストな結果につながるわけではない。

しかし忘れてはいけないのは、いつも自分にとってベストな選択をしてきたということである。

その時に最も自分が幸せになれると信じた選択の積み重ねが自分の人生なのだ。

結果的に痛い思いをしたかもしれないが、その時にできる最高の判断と努力をしてきたことに自信を持とう。

こうした前向きな気持ちで過去や現在を振り返ることができた時、意外なほど自分は自分の努力によって恵まれていることに気付くだろう。

今ある地位も、今ある人間関係も、いろいろな意味で蓄えた財産は、自分の努力でつかみ取ったものばかりであり、生きた証である。

上を見たらきりがない。それより、今あるものに満足して生きることが大切であり、それこそ幸せな人生の歩み方なのではないだろうか。







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