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なぜオスとメスが存在するのか

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一般的に動物はオスとメスに別れている。人間で言えば、男性と女性だ。

この2つの性別が存在するばっかりに、人間社会は男女にまつわる悩みでいっぱいだ。

もしこの世に男と女という2つの性別さえなかったら、童貞に悩む男性も、独身に悩む女性も、こんなはずではなかっと嘆く夫婦も存在しなかっただろう。

 

そもそもなぜ、オスとメスが存在するのだろうか。

この疑問を解くカギは、実はオスが握っている。

現在の地球が沢山の種類の生物であふれかえっているのは、オスのおかげと言っていい。

このことは、生物の進化をたどってみればよくわかる。

 

それでは、「なぜオスとメスが存在するのか」について、生物の進化という観点から考えてみよう。

 

進化におけるオスの役割とは

なぜオスとメスが存在するのか…

この問題を考えるには、地球史的規模で考えなければならない。

 

まず、我々のような多細胞生物が誕生する前の時代には、単細胞生物しかいなかった。

全身が1個の細胞でできている単細胞生物は、自分自身を分裂することで個体を増やす。

しかし、これでは自分と同じコピー品が増えるだけで、新しい環境に適応することができない。

こうした同じ顔ぶればかりでは、今自分が生きている限られた環境でのみ生育が可能で、何か一つの原因で環境が変わってしまえば絶滅するリスクを抱えている。

つまり個性がないのだ。

 

オスの離脱

それでも生物はゆっくりと進化を続けていた。

やがて多細胞生物が誕生し、さらに雌雄同体の動物まで生まれた。

ここで生物学上の革命的な事件が起きる。

「オスとメス」の分離である。

これまでずっとオスとメスが同居していたところから、オスが出て行ったのである。

 

こうしてオスとメスという似て非なる2つの存在が生まれたことで、子孫には圧倒的な多様性が生まれた。

異なる個体同士が作る子供には、いずれとも異なる個性や特徴が現れるからである。

 

ただし、子孫を残すためには生殖が必要になってしまった。

これが人間社会で言うところの恋愛や結婚の悩みの源泉になっている。

 

オスは進化の加速装置だった!

子孫に多様性ができれば新しい環境への適応が期待できる。

こうして生物は、様々な環境に適応しながら新しい生物に進化していった。

オスとメスの分離が、単細胞生物時代の偶然に頼った進化から、確実に多様性が生まれる確実な進化に変えたのである。

つまり、オスが分離したことで進化のスピードを飛躍的に高めた。

言わば、オスは、進化の加速装置と言っていい。

 

【結論】種の保存に適していたから

以上を踏まえて、最初の疑問に振り返ってみよう。

「なぜオスとメスが存在するのか。」

その答えは、「オスとメスが分かれた方が、種の保存に適していたから。」となる。

 

進化とは、どこかの誰かが意志をもって行うわけではない。

それぞれの個体が「生を受け、子孫を残し、生涯を終える。」というサイクルを繰り返すことで、

子孫が新しい世界を生きる可能性を持つだけだ。

オスとメスが分かれたのも、それに含まれるのである。

 

生物界におけるオスの役割とは

オスとメスは異なる性機能を持つ。

雌雄同体から出て行ったオスは精子を作る機能を持ち、残ったメスが卵を作る機能を保持した。

ここで注目するべきなのは、個体を増やす生物としての元来の機能を備えているのは、メスの方だということである。

つまり、メスこそ生物の本流をつないできたのである。

 

そう考えると、オスの存在意義を考えざるを得ない。

オスは進化の加速装置だと前述したが、それ以外に役割はないのだろうか。

それでは、オスの役割について生物界の実態を見てみよう。

 

例えば蜂は、はじめは一匹のメス(女王蜂)が巣を作り、まずは少数の卵を産み、育てる。

やがて成長した子は、女王蜂(母親)が産卵に集中できるよう、女王の身の回りの世話や女王が生んだ卵の世話をする。

この家族は全てメスであるが、一定期間後、オスが女王と交尾するために生み出される。

つまり蜂にとってオスとは、女王蜂の産卵に必要な時に生まれる存在なのだ。

 

もう一例挙げよう。

ミツクリエナガチョウチンアンコウという魚は、オスの生涯が悲惨なことで有名である。

オスは大人になると生殖のためメスを見つけ、まず噛みつく。ここからが悲劇である。

 

がっちり噛みついたオスの体は次第にメスと同化しはじめ、皮膚や血管が癒着し、メスから栄養の供給を受けることになる。

こうしてメスと一体化したオスは、やがて目や腸などが退化し、最後に残るのは精巣だけという有様である。

しかも、メスが子孫を残し終えるとその精巣さえもメスの体に吸収されてしまうのだ。

 

これらの例から見てもわかるように、生物界という大きなくくりで考えたとき、

オスという存在は、種が生き残るための多様性確保のための存在であり、子孫を残すためだけの存在に過ぎない。

 

オスはメスに卵を産ませればお役御免。使命を果たしたことになるわけだ。

こうした背景を考えると、カマキリのオスが生殖後にメスの栄養源にされてしまうのも、納得できなくもない。

 

なぜ第3の性は存在しないのか

ここでもう一つの疑問が浮かぶ。

なぜオスとメスしか存在しないのか。第3の性は存在しないのか。

第3の性があった方が、圧倒的に多様性が生まれ、進化がしやすいのではないか。

 

その答えは、「現状としては2つの性別で十分だった。」ということになるだろう。

つまり、新しい環境への適応を探るために必要な多様性は、個体の寿命から見ても2つの性別で十分に作り出せるものだった、としか解釈のしようがない。

 

それに、3種類の性別が存在したとしても、そのデメリットはかなり大きい。

なぜなら、3種の性別が存在していたら、ある個体が子孫を残すためには自分以外の2種類の性別に出会い、生殖しなければならない。

これでは受精までのハードルが高すぎる。

 

以上のような観点から、結果論ではあるが、性別はオスとメスの2つがベストだったということである。

 

まとめ

以上からオスの生物的な存在価値、存在理由を理解できただろうか。

メスは生物としての本流を受け継いでおり、オスは進化を促す加速装置であった。

生物が新しい環境に適応するためにはお互いが欠かせない存在なのだ。

 

また、生殖に関してもオスとメスは持ちつ持たれつの関係にある。

メスがいなければ卵を作れず、オスがいなければ受精できない。そして両者が生殖しなければ子孫を残せない。

こうして生物は、オスとメスが協力して子供を残すことで多様性を産み、新たな環境への進出や環境の変化への適応を可能にし、命をつないできた。

 

こうした事情を汲み取ることができれば、自分の性別に対してオスとしての誇り、あるいはメスとしての誇りを持つことができるだろう。

さらに、もしかしたら、男性は女性に、女性は男性に、違った角度から異性に対する尊敬の念を持つことができる、かもしれない。

 







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